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最高裁判所第二小法廷 昭和22年(れ)203号 判決 1948年3月13日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

辯護人酒巻弥三郎の上告趣意書第一點は「有罪の言渡を爲すには罪と爲るべき事実及證據に依り之を認めたる理由を説明し法令の適用を示すべきこと刑事訴訟法第三百六十條の明定するところなり仍て原判決を査閲するに其理由中「被告人三名は原審被告人荒井弥六、中村秀太郎、洲間長作及金再竜ほか一名と共謀の上昭和二十一年十一月十三日午後七時三十分頃大阪市福島區大開町三丁目三十七番地株式會社阪田商會第二工場において夜警島田登目吉等にピストルを突き付け同人等を縛るなど暴行脅迫を加へてその反抗を抑壓し島田登目吉所有の腕時計一個及び右會社所有の桐油ドラム缶入十七本を奪ひ取ったものである」と説明し右の事実は(一)被告人三名に對する司法警察官の各聽取書中同人等の供述として各自關係部分に付判示同趣旨の記載あると(二)原審第一回公判調書中原審相被告人洲間長作、同荒井弥六の供述として各自關係部分に付判示同趣旨の記載あると(三)松島一男、島田登目吉提出の各強盗被害始末書中に判示に照應する被害顛末の記載あるとを綜合して之を認めるに十分であると斷定するが故に先づ被告人安蜂權に對する昭和二十一年十二月十一日大阪府福島警察署警部補中川勇太郎の作成したる聽取書を精査するに其「第五項私は中林……の八人と共謀して桐油入ドラム缶十七本を強奪したことに付いて申上ます」其「第十一項私は中林、金沢、金山の四人で小屋の東側に置いて在った沢山ある桐油入ドラム缶を転がして自動車に積み上げ作業を分擔し運転手の洲間は車の上で積み直しの作業を遣って居りました」と記載あるの外暴行脅迫の具體的事実の記載なく第五項の桐油を強奪したことに付ての強奪とは如何なる事実を指稱するや刑法第二百三十六條は規定して曰く暴行又は脅迫を以て他人の財物を強取したる者は強盗の罪と爲し五年以上の有期懲役に處すと若し夫れ被告人が同條所定の行爲を敢行したらむには須らくピストルを突き付け又は夜警を縛し等の具體的事実の記載なき限り罪と爲る可き事実の記載ありと謂ふ可からず從って被告人に對する司法警察官の聽取書は被告人の安蜂權が強盗行爲を爲したりとの直接證據と謂ふを得ざるなり或は「強奪した」「強盗に行く際」等の文字あるが故に強盗を爲したりと斷ず可しと謂ふものあらむも斯る言説は被告人が強盗犯人なりとの先入觀に左右せらるゝ想像又は憶測によるものにして刑事訴訟法第三百六十條の要求する罪と爲る可き事実の證據と謂ふを得ず即ち斯る聽取書により強盗行爲を認定するは不十分なりと信ず次に原審第一回公判調書中原審相被告人洲間長作の供述を調査するに(一件記録第二三一頁以下)被告人洲間長作……共謀して……強奪した事実は什ふか其通り相違ありませぬ其顛末は……車を工場内に入れてから中林金又竜と共にドラム缶を積み一同其處を引揚げ云々と記載あるの外何人が暴行脅迫を爲したりや又如何なる事実關係ありたりやを明確にする處なく更らに原審相被告人荒井弥六の供述を調査するに(記録第二三四頁以下)……強盗した事実は什ふか其の通り相違ありませぬ其顛末は……私と憲兵安蜂權の三人が荷臺に運転臺に洲間、中林が乘り洲間の運転で出発し阪田商會の工場へ行ったのであります車は阪田の工場近くにある紙工場の前で停め、私と安蜂權の、憲兵の三人が工場内に入り私と憲兵が守衛室に入り守衛と其家族を脅し縛って私は拳銃を突付けて見張り憲兵は表へ出て安蜂權に車を工場内に入れる樣連絡せしめ入って來た車にドラム缶を積ませ居りました……安蜂權の行動は……安蜂權は私達の後から來て表門附近に待って居たのでありますが守衞室に入り憲兵と共に守衞を縛って居りましたと記載あるを看る然れども其前段に於ては安は守衞室に入らず他に待ち合せ居たるが故に憲兵が安に車を工場内に入れる樣連絡したることを述べ後段に於ては安は守衞室に入り憲兵と共に行動したる旨を述べ此相反する事実は何れが信なるかを判斷すること能はず是れを被告人安蜂權に拘る第一審第一回公判調書の記載に徴するに(記録第二三一頁)工場内に於ける荒井、憲兵の樣子はとの問に對し私は工場の門の處に居たので樣子は知りませむが守衞室に電灯が灯いて居た樣子でしたが内部の樣子は知らぬドラム缶積込の状況も暗かったので判りませんでしたとありて荒井弥六の前段に供述する事実と一致し安が守衞室に這入らざりし事を推測するに足る可く同人の後段の供述は信を措く能はざるなり尤も證據の證明力は判事の自由なる判斷に任す可きものなりと雖も此は常識豐かなる判事の條理上妥當とする判斷に任す可きことを定めたるものにして相矛盾する文字の何れを採擇するかの場合には宜しく其判斷の資料を廣く記録中に索めざる可からず然るに斯る配慮なく相被告人荒井弥六の供述として云々と記載あるによりと謂ふが如きは未だ充分ならず採證の法則を誤りたりと謂ふ可し更に強盗被害始末書なるものを點檢するに職工島田登目吉の被害始末書には當時の状況を記載しあれども被告人の何人が如何なる行動を爲したりやを明かにせず腕時計を何人に強奪せられたるかを記載せず却って後に調べたる處腕時計が紛失せるが故に其折の被害なりと述べたる部分ありて本書を以て安蜂權が強奪したりとの證據とならず又松島一男の強盗被害始末書は其資格を明かにせず桐油十七本が株式會社の損害なる旨を記載したるは可なりと雖も他の文言は凡て前記島田登目吉の情況記載と同一にして自ら體驗せざる被害状況を自ら體驗したるかの如く傳聞事実を記録したるものにして斯くの如きは證憑とするに足らず実に架空の文字と見る可きものなり以上説明したるが如く被告人安蜂權に對する關係に於て原審は單に證據の標目を列擧して是を唯一の證明とするものなれども其價値に至りては各項目に付檢討したるが如く證據としては薄弱にして殊に強盗罪の如き暴行脅迫の手段を用ひたることが犯罪構成の要件たる以上單に強奪したりと謂ふのみにては未だ罪となる可き事実の記載ありと謂ふを得ざる可く斯る證據説明は刑事訴訟法第三百六十條に反するものにして原判決は破棄さる可きものと信ず」

同第二點は「原判決は證據に依らず罪を斷じたるの違法あり原判決を閲するに被告人三名は……阪田商會第二工場において夜警島田登目吉等にピストルを突き付け同人等を縛るなど暴行脅迫を加えてその反抗を抑壓し島田登目吉所有の腕時計一個及び右會社所有の桐油ドラム缶入十七本を奪ひ取ったものであると認定被告人安蜂權を懲役五年被告人金炳圭を懲役四年に處する旨の判決を爲したり仍って被告人等の犯行を記録により調査するに原判決の援用したる證據は(一)司法警察官の聽取書(二)原審第一回公判調書中原審相被告人洲間長作、同荒井弥六の供述(三)松島一男、島田登目吉の被害始末書なるを以て順次之を點檢したるに昭和二十一年十二月十一日安蜂權に對する聽取書(記録第九一頁以下)によれば其第五項中昭和二十一年十一月十三日午後七時半頃阪田インキ商會に於て桐油入ドラム缶十七本を強奪したことに就て申上ますと記載ある外腕時計一個を奪取したりとの記載を見ず次に原審相被告人洲間長作、荒井弥六の原審第一回公判調書(記録第二一五頁及同二三四頁)を披見するも安蜂權が腕時計を奪取したるの記載あるなし尤も被告人安蜂權に對する原審第一回公判調書(二三一頁)中には……島田登目吉と其家族を脅し腕時計一個同工場所有桐油ドラム缶入十七本を強奪した事実は什うか、其通り相違ありませぬ、其顛末は……私は工場の門の處に居たので樣子は判りませんが守衞室に電灯が灯いて居た樣子でしたが内部の樣子は知らず云々(原審判決の證據に援用する處にあらず)との記載あるを以て之を仔細に分析讀了すれば被告人は桐油を奪ひ取ったかと謂ふ問に對する答として其通り相違なしと述べたることを感知するを得べしと雖も腕時計を奪取した點に思ひを致し居らざることは前後の問答より當然に推測し得る結論なり況んや他の被告人の供述及被害者の始末書を見れば時計は守衞室にありしものゝ如く被告人は工場の門の處に居り室内の樣子を知らずと述べ居るに於ておや若し夫れ原審裁判官が安蜂權に對し腕時計奪取の嫌疑を有せしならむには此點を曖昧に附するの理由なく證據により追及すべきなり然るに此事なく其顛末は如何との間の外何等腕時計に觸るゝなきは畢竟安蜂權に其犯行なかりしことを物語るものと謂ふべし最後に被害者の始末書なれども同始末書に於ては腕時計を何者にか持ち去られたりとの事実を述べたりと雖も之を被告人安蜂權が盗取したりとの記載あるなし以上原審の斷罪資料たる三個の證據を以ってしては安が腕時計を奪取したる事実を認定するには不充分なり即ち原判決は證據不十分なるに有罪の判決を爲し若くは審理を盡さざるのを違法ありと信ず」というにある。

しかし原判決はその擧示する證據を綜合して上告人は第一審相被告人荒井弥六外數銘と共謀して原判示の強盗行爲をした事実を確定したものであるから上告人において自身で直接に原判示の暴行脅迫を爲し又は腕時計を奪取したる事実なしとするも他の共犯者においてこれをしたる事実がある以上強盗の正犯として責任を負わなければならない。そして原判事の擧示する證據に依れば他の共犯者により右の行爲が行われたことを認定するに充分であるから原判決には亳も所論の如き違法の點なく論旨はいづれも理由がない。(その他の上告論旨及び判決理由は省略する。)

以上の理由により本件上告は理由がないから刑事訴訟法第四百四十六條により主文の如く判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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